巴里レター No.33

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       ☆ 巴里レター No.33 ☆

 
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     ◇ 2001年 夏 北欧の旅 〔7〕 ◇

 地図を持ってる人は、見てもらうとすぐ分かると思うけど、
 列車で南の方から北欧に行く場合、デンマークのコペンハーゲンが、
 入口というか、玄関というか、関所というか、
 そんな感じの所になるわけです。
 行きも帰りも、必ずココを通るという場所ですね。

 列車はハンブルグを出て、そのコペンハーゲンに向かいます。
 まだドイツなんだけど、窓から見える風景が、
 だいぶのんびりしたものに変わってきています。
 広々として、『あまり人間いないなあ。』って感じ。

 そして、1時間半くらい走って、船に乗りました。
 列車ごと、船のお腹に入っちゃうんですよ。
 『なるほど、だから3両編成で、前と後ろがへこんでいたのか。』
 って、素直に納得しました。

 そんなに大きな船じゃないんんだけど、お土産屋さんとか、
 食事できるところがあるんですね。
  
 波の無い、穏やかな海です。
 船に乗ってた時間は、40分か50分くらい。
 陸が近づいてきたので、またゾロゾロと列車に戻ったのでした。
 陸といっても島なんだけどさ。

 列車は、その島の中をしばらく走って、また海を渡るんだけど、
 今度は船じゃなくて、橋がエンエンと続いているのです。
 吊り橋じゃないんですよ。
 『えー、ここは海の真ん中じゃないの。』
 っていうようなところに、橋が続いているんだよね。
 見えなかったけれど、橋脚が海から突き出ているのでしょう。
 『浅いんだろうなあ。』って思ったけど、スゴイ工事だったんだろうな。
 橋の上で、電車が動かなくなったらどうするんでしょうね。

 そんなこんなで、夕方、コペンハーゲンに着きました。
 
 駅を出て、右に行くと、すぐチボリ公園の入口があります。(近いぜ)
 左に行くと、ホテルがたくさん集まっている地区です。
 でも、その地区は、ちょっとイカガワシイ雰囲気ですね。
 本にも、そう書いてありました。
 女連れだったら、ちょっと避けたいなって感じのところです。
 でも一人だったし、次の朝、すぐにストックホルムに向けて
 出発するつもりだったので、『まあ、いいか。』と思ったのでした。
 コペンハーゲンを見てまわるのは、帰りにしようと思っていたのです。
 それに、『巴里のピガールの辺りに比べたら、たいしたことないよ。』
 とか思ったりして。

 で、ホテルを3つくらい回ったんだけど、やっぱり高いんだよね。
 北欧は高いって聞いてたけど、ホントですね。 巴里より高いぜ。

 シングルの部屋よりさらに狭い、確かキャビン(?)ていう北欧独特の
 カテゴリーだと思うんだけど、それが一番安かったので、
 その部屋にしました。
 スゴイ狭くて、かろうじてシャワーとトイレが付いてるって感じ。
 それで、480クローネ(デンマーク)でした。9000円くらいかな。
 当時は、まだユーロじゃなかったんですね。
 
    ∽     ∽     ∽

 夜といっても日が長いから、
 メインストリートのストロイエ通りを歩いてみました。
 両側に商店が並んでいて、車が通らない賑やかなところです。
 「コペンハーゲンに来たら、必ずココを歩くんですよぉ。」
 みたいな感じの通りです。

 飲食店以外の店は、ほとんど閉まっていたんだけど、
 路上で絵を売ってる人が何人かいました。
 スプレーの塗料を使った絵なんだけど、、
 ちょっと「宇宙戦艦ヤマト」みたいな雰囲気の絵が多かったですね。
 紙の上に、スプレーで色をいくつか重ねて、
 途中で丸いフタを置くと、そこが惑星のように残ったり、
 ペインティングナイフで上の色を削ると、下に模様が現れたり、
 それで宙に浮かぶ帆船を描いたり、イルカが跳ねていたり、
 すごいオリジナルな絵ですね。2000円くらいだったかな。

 通りを歩いて行くと、まったく同じスタイルの絵を描いてる人が
 他に2、3人いました。ちょっと上手い下手はあったけどね。
 きっと誰かが発明して、他の人はそれが売れてるのを見て
 マネしたんでしょうね。他の都市では、見かけない技法でしたね。

 でも、つい最近知ったんだけど、
 巴里のポンピドーセンターの広場でも、
 こーゆー絵を描いてる人が3人くらいいました。一枚20ユーロだって。
 そのうちの一人に話しかけてみたら、ポーランド人でした。
 でも、ちゃんとフランス語話してましたね。
 「コペンハーグでも、こーゆー絵見たよ。」って言ったら、
 「うん、母さんもそう言ってた。」 だって。
 「でも、あんたの方が上手いよ。」って言ったら、
 「う〜ん ・・・ 」 だって。
 
 でもね。そういう絵って、やっぱりたいしたコトないんですよ。
 巴里のモンマルトルの丘でも、お土産用の絵をたくさん売ってるけど。
 テルトル広場とか有名でしょ。
 僕もそこで一枚買って、失敗したことがあるのです。
 巴里に来た当初のことですが。

 僕が買ったのは、黒人の画家の絵で、
 ちょっとごつごつした地に、アフリカ風に鳥とか人とか仮面なんかを
 シンプルな感じに描いたモノだったんだけど。
 大きさは15号くらい。(ハガキ15枚くらいかな)

 少し安くしてもらって、3万円くらいで買ってきて、
 ルンルン気分で、(古いかな)
 部屋の壁に掛けておいたんですね。
 でも、・・・・・ なんと1週間で飽きてしまいました。
 
 そして、僕はひとつ賢くなったのでした。
 「いい絵は飽きない」ということを知ったのです。
 (高い授業料だった。)
 いくら人目を引くような絵でも、飽きちゃうような絵は
 やっぱりダメなんですね。
                              (つづく)

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    ◇ 詩のような言葉たち 〔1〕 ◇


       純粋なかたちとして
       存在している空

       人間よりも鳥たちが
       その広さを知っている
       私の空
  


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    ◇ ルルド Lourdes 〔17〕 ◇


 前回と同様に、ベルナデットのお話です。

 ☆ 1858年2月14日 (日)  2回目のAPPARITION

 二度目に洞窟に行ったときのことは、よく覚えています。
 私の内側に何かの力があって、それに押されるようにして
 行ったからです。

 母から洞窟に行くことを禁止されていましたが、
 ミサのあと、また妹とジャンヌと一緒に行けるように、
 母に話してみました。

 母は、最初反対していました。
 私が水に落ちるのではないか、
 夕方までに帰って来ないのではないか、などと心配したのです。
 私は、「そんなことには、ならないから。」と約束をして、
 ようやく許しをもらいました。

 出発するまえに、小さな瓶を持って聖水を取りに行きました。
 もしまた、あの女性が現れたら、
 その聖水を振り掛けようと思ったのです。

 洞窟に着くと、私たちは跪き、
 数珠を持って、ロザリオの祈りを誦えました。
 十回ほど誦えたとき、あの女性が現れました。
 
 私はすぐに、持って来た聖水を振り掛け始めました。
 「神様のところからいらっしゃったのなら、そこにいてください。
  そうでなければ消えてください。」と願いながら。

 その女性は、私に微笑んで頷きました。
 私が聖水を掛ければ掛けるほど、彼女は微笑み頷くのでした。
 
 私は、彼女がずっと同じ仕草をしていることに気がつきました。
 そして、怖くなって、もっと早く聖水を振り掛けました。
 聖水がなくなってしまい、ロザリオの祈りも終わりました。
 すると、その女性は消えてしまいました。

 女性が現れているあいだに、困ったことが起きました。
 私の側にいた二人が恐怖にとらわれて、
 ジャンヌが、大きな石を洞窟に沿って転がした後、
 ひきつけを起こしてしまったのです。

 妹と二人で、彼女を連れて帰ろうとしたのですが、
 とても重くてできませんでした。

 結局、粉引きのNicolauさんに頼んで、
 ひきつけを起こしたままのジャンヌを運んでもらいました。

 親たちに怒られたのは、言うまでもありません。
 そしてまた、洞窟に行くのを禁止されたのです。

                           (つづく) 
 
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 【近ごろのフランス】

 「ニーナ・サイモンが亡くなった」というのは、
 フランスでは、わりと大きなニュースになったんだけど、
 日本では、そうでもなかったのかな。

 10年ほど前から、南フランスに住んでいたみたいです。
 知らない人もいると思うけど、ジャズの黒人女性ヴォーカル、
 大御所ですね。
 
 フィガロの記事によると、
 本名は、Eunice Waymon
 1933年,米国ノース・キャロライナに生まれる。
 3才からピアノを始め、20才のときに、好きだった女優の
 シモーヌ・シニョレ(Simone Signoret)から名前をとって、
 芸名をNina Simoneとする。

 牧師だった親には内緒で、ニューヨークやフィラデルフィアの
 キャバレーで歌い、やがて国際的な名声を獲得しました。
 黒人の公民権のために闘った女性。

    ∽     ∽     ∽

 覚えている人もいると思うけど、2000年になったとき、
 エッフェル塔がキラキラしましたよね。
 あれを、またやるみたいです。

 いま、そのために25人の「アルピニスト・テクニシャン」が、
 2万個の特殊な電球を、エッフェル塔の鉄骨に固定しているところです。
 電線の総延長は40kmだって。6月には、工事が終るみたいです。

            2003年4月27日     Michio

 追伸

 フォトアルバムを作ってみました。
 デジカメじゃなくて、写真をスキャナーで処理したものなんだけど。
 まだ試行錯誤してますが、とりあえず3枚公開できました。
 そのうちの2枚は、ルルドです。
 考えてみたら、ルルドではあんまり写真撮らなかったんだよね。
          http://photos.yahoo.co.jp/michion2

 ホームページは、こちら
    URL . http://members.goo.ne.jp/home/michion2

 巴里レター 配信の手続きは次のところでどうぞ

 めろんぱん    http://www.melonpan.net/mag.php?002474
 メルマガ天国   http://melten.com/m/9592.html    
 PUBZINE  http://www.pubzine.com/detail.asp?id=18529
 まぐまぐ     http://www.mag2.com/m/0000104321.htm

 解除は、登録されたところでお願いします。
 一筆書いて送りたいという方は、次のアドレスへ
 michion2@mail.goo.ne.jp

                      じゃあ またね


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