巴里レター No.55


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       ☆ 巴里レター No.55 ☆

 
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     ◇ 2001年 夏 ベルリン 〔4〕 ◇

 ポツダムっていうと、日本人は、なんとなく悲愴感のようなものを
 感じると思うけど、実際に行ってみると、ゼンゼン違いますね。 
 明るい街です。ベルサイユみたい。

 ベルリンの郊外にあって、森があって、宮殿があって、
 お金持ちが住んでいそうな雰囲気の街です。
 『ここは東側じゃなかったのかな。オカシイなぁ。』って感じ。

 宮殿と名の付く建物がいくつかあるんだけど、
 僕が入ったのはオランジュリー宮殿かな。
 (時間が遅くて、全部は見れなかったんですね。)
 階段を上っていったら、なぜか樹々の向こうに風車が見えました。

 庭園に、中国風の茶室もあるっていうから、
 なんとなくワビとかサビをイメージして行ってみたら、
 『オットー。』てな感じでした。
 パステルカラーの建物の周りに、
 金ピカの中国人の銅像を配置しました、というようなモノで、
 『東洋のイメージというのは、こんなんだったのか。』
 と呆れてしまいました。

     ∽     ∽     ∽

 次の日(7月29日)、ケルン経由で巴里に帰って来ました。
 ケルンからは、タリスというTGVです。ケルンまで行ってたんですね。
 ロンドンに行ってるのはユーロスターという名で、
 ブリュッセル、アムステルダム、ケルン方面はタリスと言います。

 フランス人に、「タリス」って何て意味?って訊いたら、
 「知らない。ラテン語じゃないの。」という返事でした。

 ケルンで少し時間があったから、教会を見たり、
 橋を渡ったりしてみました。
 
 有名な大聖堂は、中央駅を出ると、すぐ横でした。
 なるほど大きいですね。
 ゴシック様式というのは、あまりにもたくさん見てるから、
 たいして感動しないんだけど。
 外壁が黒く汚れてましたね。(たぶん排気ガスのせいだと思うけど。)
 巴里の教会などは、たまに洗っています。洗うと白くなるんだよね。

 ライン河は、かなり水量が多いですね。 濁っていたけど。

 ケルンから巴里まで、タリスで約4時間。早いですね。
 着いたのが、巴里でも一番アブナイ雰囲気の北駅だったから、
 北欧廻って帰って来ると、イヤんなっちゃうんだよね。
 『あ〜ぁ。帰ってきちまったぜ。』って感じです。 

     ∽     ∽     ∽

 あとで知ったんだけど、僕がベルリンにいたちょうど同じ時期に、
 知り合いのフランス人の女の人も行ってたんだって。
 わかっていたら、一緒に食事でもしたのに。
 下心は無いんですよ。フランス人の女の人って、ツオイから。

 その人もチョット変った人で、
 「ベルリンには、太い腕に刺青入れた男たちがいて、
  コワカッタでしょ。」って言ったら、
 「あら、カワイイじゃない。私、写真撮らせてもらっちゃった。」
 とか言うんだよね。
 『はぁ?』ですよ。

 いつだったか、その人に、
 「僕はギリシャで、1000円の宿に泊まったコトがある。」って、
 ちょっと自慢したら、
 「私はインドで、100円の宿に泊まったコトがある。」って、
 言われてしまいました。
 
                              (終り)


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      ◇  詩のような言葉たち 〔23〕 ◇  


 
          ひとつの炎として
          燃えていた時代

          ただ燃えることだけを目的として
          存在を続けていた時代




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 じつは、10月25日から11月8日まで、
 東ヨーロッパの方を旅してきました。
 ウィーンと、むかし東欧と言われていた国々です。
 近ごろは、中欧と言うみたいですが。(いつ変ったんだ)

 『今年は、旅はムリかな。』と思っていたんだけど、
 根性出して行ってきました。
 旅をしなかった年って、後から振り返ると寂しいんだよね。
 まあ、それなりに理由はあるんだけどさ・・・

 でも、もっと早く出かければよかったと思いますね。
 寒かった。ほとんど冬でした。
 自分の計画性の無さが情けない。
 
 ウィーンまでは、ヒコーキの往復だったんだけど、
 空から見たら、地面が白かったもんね。
 『な、なんなんだ。アレは!』と思ったんだけど、やっぱり雪でした。

 僕が着く前の日、雪が降ったそうです。
 日陰とか車の屋根に、雪が残ってたもんね。
 『ひぇ 〜。 なんなんだ、ここは。 オイ、まだ10月だぜ。
  勘弁してくれよ。 ・・・わかった、オレが悪かった。』
 と、思わず謝ってしまいました。

 まあ、無事に帰ってこれて、ヨカッタ。
 15日間で、ウィーンとその周辺の国を廻りました。
 駈け足ではないけれど、早足で首都巡りをしたって感じです。

 ウィーンの他は、
 プラハ(チェコ)、 ブラチスラヴァ(スロバキア)、
 ブダペスト(ハンガリー)、 ザグレブ(クロアチア)、
 リュブリャーナ(スロベニア)、 ワルシャワとクラクフ(ポーランド)。

 ブラチスラヴァ、ザグレブ、リュブリャーナは、
 首都といっても、小さな地方都市のような感じでした。
 見て廻るのに、そんなに時間が掛からなかったですね。

 行く前は、例によって、『めんどうだなぁ。』とか、
 『いい歳して、ひとり旅っていうのも、なんだかなぁ・・・』
 とか思ったんだけど、でも行ってみると、やっぱりイイんだよね。

 気持ちとしては、初めてヨーロッパを旅した頃と
 あんまり変わっていない、というのが嬉しいというか、
 『でも、それでいいのか? ・・・いいんだよ。』みたいな感じでした。

 また、今回の旅のことも書くと思うけど、
 プラハが意外とヨカッタですね。
 「ウィーンに行くんだったら、プラハも行くといいよ。」って
 教えてもらったんだけど、ホントでした。

 それから、旧東側の国々だから、いろんな面で、
 もっと遅れているのかと思っていたけど、そんなことないですね。
 西欧とあまり変らなくなってきている、という感じでした。
 『これなら、EUに参加してもオカシクないよ。
  ギリシャやポルトガルも入っていることだし・・・』とか、
 『先進国といわれる国と、それ以外の国の差って、
  いったい何なんだろう・・・ 先進国の人たちが思っているほど、
  差は大きくないんじゃないかな。』とか、思ったりしました。

 いろんなところで、『そうだったのか。』って思いました。
 やっぱり実際に行ってみると、いいですね。
 天気予報なんかで、ヨーロッパの地図を見ても、
 その街の様子を、想い出したりするのです。

       2003年11月17日      Michio

 追伸 

 「北欧+ベルリン」が、やっと終りましたね。 いやぁ、長かった。
 「巴里レター」50回は、あっと言う間だったけど、コレは長かった。
 (ヘンだ)

 シュークルートの写真が手に入ったので、HP本館にUPしました。
 ソーセージも美味しいけど、あのキャベツがとても美味しいんだ。
 今回の旅の写真は、「その日の気分で」の欄に、
 少しずつUPしています。

 「中国風の茶室」は、フォトアルバムの「ドイツ」で御覧ください。

    ∽     ∽     ∽

 近ごろ不思議に思うコト。
 「人の痛みがわかる」という言葉の「人」というのは、
 日本人に限定されるのでしょうか。
 隣の国の人は、含まれないのでしょうか。
 (拉致問題と靖国神社参拝の問題に関して)


 HP本館   http://www.geocities.jp/paris1830/
 HP別館   http://members.goo.ne.jp/home/michion2
          
 フォトアルバム  http://photos.yahoo.co.jp/michion2

 巴里レター 配信の手続きは次のところでどうぞ

 めろんぱん    http://www.melonpan.net/mag.php?002474
 メルマガ天国   http://melten.com/m/9592.html
 まぐまぐ     http://www.mag2.com/m/0000104321.htm

 解除は、登録されたところでお願いします。
 一筆書いて送りたいという方は、次のアドレスへ
 michion2@mail.goo.ne.jp

                      じゃあ またね



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