巴里レター No.57

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       ☆ 巴里レター No.57 ☆

 
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    ◇ 1987年 夏 〔1〕 ◇
 
 その日は、朝から雨でした。
 その日というのは、私のバカンスの最初の日です。
 朝6時というイジョーな早起きをして、
 前の晩に用意してあった荷物を車に積み込んで、
 喜び勇んで出発したのであります。

 途中で、歩いて12分という山田クンちに寄って、
 白黒テレビを預けたのでした。
 そのとき、彼の眠そうな目の奥には、
 『ヒッ、ヒッ、ヒッ、これでテレビはボクのものだ。』
 と、はっきり書いてありました。

 私は、『ヨーシ、絶対に生きて帰って来るぞ。』
 と、固い決意のもとに、再びハンドルを握ったのでした。

 オートルートに入ると、
 (この国では、高速ドーロのことをオートルートというのです。)
 土曜日の朝ということで、車の数も多くありません。
 雨がビチョビチョと降っていたので、スピードを出したら、
 ヤバイかなぁと、最初は思っていたのですが、
 慣れとはコワイもので、そのうちに140km出しても、
 なんとも思わなくなるのです。
 下り坂なんかでは、160km出たとかいって喜んでいたのです。
 この調子だとF1も夢ではないな、と思いながら。

 そのうち、ポツンポツンと路肩でエンコしている車を横目で見ながら、
 『ハッ、ハッ、ハッ、キミたち、何をしているのかね。』
 と、笑いとばしてゆくのです。

 まずドイツのロマンチック街道を南下して、白鳥のお城を見て、
 それからミュンヘンに行って、ビールを飲んでソーセージを食べて、
 ザルツブルグに行って、音楽祭でナンカ聴いて、
 チロルの山々を抜けて、リヒテンシュタインの郵便局で切手を買って、
 それからスイスの山の上で、「ヤッホー」と言おうと、
 夢は果てしなく広がってゆくのでした、

 さて、実際の私は、ドイツとの国境の街、ストラスブールに向かって
 車を走らせているのです。
 途中、Metzのサービスエリアで、ガソリンを入れて、
 コーヒーを飲んで、一服して、『さあ行こう。』と思ったら、
 エンジンが掛からないのです。
 『エッ?』とか思ったのですが、ここには、ちゃんと人がいるのです。
 麦畑の真ん中ではなかったのです。

 ガソリンスタンドのオッちゃんに頼んだら、冷却水がカラッポだとか、
 ここに雨が浸入しているとかで、わりとカンタンに直してくれました、
 ヨカッタヨカッタと、再び出発したのです。

     ∽     ∽     ∽

 ストラスブールでパンなんかをかじって、ついにドイツに入りました。
 午後1時頃でした。パリから500kmあまり、
 『いやぁ、よく来たなあ。やっぱりフランスとは、ちょっと違うなぁ、
  ウン、ウン。』と、一人で頷きながら走っておりました。

 ドイツには、高速料金というものが無いのです。
 クルマの天国みたいな国なのです。
 『この調子だと、今日じゅうにナントカカントカまで
  行けるかもしれないな。』などと思いながら、
 1時間くらい走ったのです。 が、ハッと気がつくと、
 赤いランプが一つ点いているのです。 水温計のランプです。
 『そんなバカな。』と思いつつ、車を路肩に寄せて、
 エンジンが冷えるのを待って、ラジエターのフタを開けてみると、
 無いのです。水が。 カラッポ。
 『なんだ、コレハ。さっき入れたばかりじゃないか。』
 などとブツブツ言いながらも、実はマッ青。
 きっと、どこかから水が漏っているのです。

                             (つづく)

 〈 現在の筆者による注 〉
 
 これは、当時、日本の友人に出した手紙を、
 ほとんどそのままの形で使っています。
 それ以上の細かいコトは想い出せないので、
 あまり長くはなりません。
 『手紙にしては、ちょっと長いかな。』という気もしますが。

 『そうか、昔から、手紙魔だったのか。』と、
 今ごろ気がついたワケではないのですが・・・
 
 僕が日本を出た1983年でも、
 日本では、3万円も出せば、カラーテレビが買えました。
 でも、こっちでは、まだ白黒テレビを売ってました。
 もちろんカラーもあったけど、高かったんですね。

 山田クン(仮名)は、テレビを持っていなかったのです。
 ちなみに、この白黒テレビ、ヨーロッパの有名メーカーのモノを
 新品で買ったのですが、1年もたたないうちに壊れてしまいました。
 日本では考えられないですね。

 そして僕は、なぜか保証期間というのをスッカリ忘れていて、
 そーゆーモノがあったんだと思い出したのは、
 その後何年も経ってからでした。・・・アホですね。

 
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      ◇  詩のような言葉たち 〔25〕 ◇  



         あんなにたくさん持っていた夢を
         現実という篩にかけてみたら
         何も残らなかった

         消えてしまった炎のように
         その残像だけが私の外にある




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 【 近ごろのパリ 】

 前回のレターで、シャンゼリゼのイリュミネーションについて、 
  「時計の長い針が12のところにいくと、
   エッフェル塔みたいに、しばらくキラキラ光るんだって。」
 と書きましたが、違いました。

 時間になったら、キラキラ光るというコトではなくて、
 常時、チラ、チラ という感じで光っておりました。
 ちょっとガッカリ。

 シャンゼリゼの、クラブみたいなカフェで飲んだボジョレーヌヴォーも、
 美味しかったで〜す。 高かったけど。
 以前、トレゼゲ(サッカー・フランス代表)を見かけた店なんだけど、
 ちょっと変った店ですね。 客層が違います。
 「若いけど、金もってるぜ。」みたいな人とか、
 美形のおネエさま達とか、モデルみたいな体形にミニスカートとか、
 そーゆー人種が来る店みたいで、僕たちなんか、
 『あきらかに場違いですねぇ。』って感じなんだけど。
 で、奥の方の席に案内されちゃったりするんだけど、
 ゼンゼン気にしないというのが、エライ。(・・・・・)

 「この店、日本人、来てませんねぇ。」とか、
 「あなたの後ろに、若い女の人が5人いるけど、みんな綺麗だよ。」
 「・・・きっと金持ちなんでしょうねぇ。」とか言いながら、
 二人でチビチビやりました。

    ∽     ∽     ∽

 先日、バスに乗っていたら、T字路のところで、
 ドスンという大きな音がしたので、ナニゴトかと思ったら、
 なんと、パトカーがバスに追突したのでした。

 あまりたいしたコトなかったみたいで、
 バスの運転手とポリスさんが少し話をしただけで、
 また出発しました。
 まあ、警察呼ぶ必要ないもんね。

 バスに乗ってた人たちは、なぜか皆、
 とても嬉しそうに笑っていました。

         2003年12月12日    Michio

 追伸

 前回のレターを読んで、僕のことを呑んべえだと思った人も
 いるみたいですが、僕はべつに呑んべえではありません。
 ごくフツーに、ワインを楽しんでいる程度です。
 夏は、ちゃんとビールだし。

 この季節、夜のシャンゼリゼは、
 イリュミネーションを見に来る車で、やたら渋滞しています。

 そうそう、このまえの旅の途中で、デジカメが故障してしまって、
 修理に出していたんだけど、直ってできてきました。
 ということで、HP本館の「気分」の欄に、
 「クリスマスが近い巴里だよ〜ん」という写真をUPしています。

 HP本館   http://www.geocities.jp/paris1830/
 HP別館   http://members.goo.ne.jp/home/michion2
          
 フォトアルバム  http://photos.yahoo.co.jp/michion2

 巴里レター 配信の手続きは次のところでどうぞ

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 解除は、登録されたところでお願いします。
 一筆書いて送りたいという方は、次のアドレスへ
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                      じゃあ またね

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