巴里レター No.60

  ☆ 巴里レター No.60 ☆

 
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    ◇ 1987年 夏 〔4〕 ◇

 無事に巴里に帰ってきたのですが、
 車の修理に、1週間もかかってしまいました。
 パイプがひとつ、イカれていたのでした。
 でも8000円くらいで済んだので、ヨカッタヨカッタと思いながら、
 まだバカンスが4日間残っていたので、
 今度は、山田君と坂田君(仮名)というガキを連れて、
 ベルギーに出かけていったのでした。
 懲りない人なのです。

 ベルギーの4日間を簡単に書くと、ドイツに行ったときより
 10倍くらい楽しかったです。
 天気は良かったし、トラブルは無かったし、
 ハッピーそのものでした。

 第1日目。
 フランスとベルギーの国境を過ぎた僕たちは、 
 ブリュッセルに向かって走っています。
 コンスタントに140km以上のスピードで、ブッ飛ばしました。
 150kmくらい出すと、エンジンの音が変わってきます。

 僕は、「いやあ、こんなもんですよ。」という顔をしながら、
 内心では、『ちょっとヤバイかなぁ。くわばら。くわばら。』
 とか思っております。

 他の二人はというと、顔面蒼白にして、
 ドアのトッテとか天井のトッテとかに、しがみついております。
 山田君などは、横で一生懸命足を踏ん張っております。
 誰も口をききません。
 皆、目を皿のようにして、前方を睨んでいるのです。

 その沈黙のなかを、ケイト・ブッシュのメロディーだけが、
 ブキミに鳴り響いていたのでした。
 これで、第1日目はオワリ。 (・・・・・)

    ∽     ∽     ∽

 とにかく4日間で、ベルギーのいたるところを廻ってきました。
 ブリュッセル、アントワープ、ゲントだかガントだかそんな名前のところ、
 (ここのファン・アイクの祭壇画は、たいへん素晴しいものでした。)
 ブルージュ、オーステンド、などなど。

 シャンパンみたいなビールも飲んだし、シャトーホテルにも泊まったし、
 きれいなネエちゃんには縁が無かったけれど。
 大西洋に沈む夕陽を見ながら、鰻のムニエルを食べたのでした。
 じつは緑のソースで煮たのが名物だと、後で教えてくれたのは、
 イジワルな山田君でした。

 彼が、「アイスコーヒーがありますよ。」と言うので、
 『ああ、懐かしいな。何年ぶりだろう。』と思って注文すると、
 出てきたのは、コーヒー味のアイスクリームでした。

 宿はブルージュの郊外のシャトーホテルにとっておいたので、
 (一人5000円くらいでした)
 そっちに向かって車を走らせたのでした。

 やはり巴里と同じように、空の色が深いふか〜いブルーに
 変ってゆきます。
 そのなんともいえない空の下に、高速道路のオレンジ色の灯が
 一直線にずーーーっと続いているのです。
 僕は、『ああ、いまなら死んでもいいな。』と思いました。

 そこでフツーの人は、僕がまたアクセルを踏み込んだと
 思うでしょうが、違うのです。
 あいにくブルージュまでは、24kmしかなかったので、
 スピードを出したら、すぐに着いてしまうのです。
 だから僕は、この瞬間をじっくりと味わうために、
 スピードを100kmくらいに落として、大きなこころで、
 「お急ぎの方は、どうぞお先に。」と道を譲ったのでした。
 そして、涙もろい青年は感動の涙をハラハラとこぼすのでありました。
 (ウソです)
 
 ちなみにベルギーの高速道路もタダでした。
 スイスは年間使用料が3000円くらい。(当時)
 日本が一番高いと思います。

 ブルージュには、日本人の観光客が結構来ていましたが、
 そこから24kmのオーステンドの海岸には、
 アジア人も黒人もゼンゼンいませんでした。
 ベルギーでは、わりと有数のリゾート地、といった感じなのですが、
 まわりが全部白人だと、なんだか恥しくなってしまいます。
 やっぱり巴里は、いいです。
 3人とも、巴里に帰ってきたときは、
 生きて帰れてヨカッタヨカッタ、と喜んだのでした。

                            (終)

 〈 現在の筆者による注 〉

 アントワープにも行ったかなぁ。覚えてないなぁ。・・・まあ、いいか。
 フランスの高速道路は、タダではありません。
 でも、日本に比べたら、かなり安いですね。
 ドイツは、いまでもタダじゃないかなぁ。

 緯度が高いせいでしょうか、空気が乾燥しているせいでしょうか。
 こちらでは、夏、陽が沈んでから夜が訪れるまでの時間、
 空の色がとても深いブルーになります。
 日本では、見たことのない色です。
 とても好きな色です。
 

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      ◇  詩のような言葉たち 〔28〕 ◇  



           暗い空の下に
           掌と掌の間に
           存在していた
           瞬間

           私の言葉を半分
           季節が食べている


                        「詩人の翼」より




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    ◇ 「ゴーガン−タヒチ」展 ◇

 行ってきました。
 1月19日で終りだというから、ちょっとアセッたりして。
 どうして、いつもギリギリになるんでしょうねえ・・・
 (ボッチチェリ展も、2月に終るし。)

 で、どうだったかというと、タイトルにもあるように、
 ゴーガンのタヒチ時代の作品ばっかりだったから、
 フルコースを食べたという感じではなかったけれど、
 それなりにヨカッタですね。

 『また、だいぶ並んでいるかな。』と思ったんだけど、
 30分くらいで入れたから、まあまあですね。
 平日の午後だったんだけど、なかに入ったら、人がいっぱい。
 (平均年齢は、かなり高かったような気がする。)

 知らない絵も、けっこうありました。
 いろんなところから、作品を持ってきてましたね。
 アメリカとか、イギリスとか、ロシアとか。
 エルミタージュから何枚も来てました。(知らない絵ばっかり)
 倉敷の大原美術館からも、一枚来てました。

 木彫りのレリーフとか彫刻とか、木版画もたくさんあったけど、
 イマイチですね。 ゴーガンは、やっぱり油彩だよね。

 ゴーガンって、もっとマトモな人かと思っていたんだけど、
 かなりヘンで、おかしな人ですね。 ゴッホといい勝負です。

 モルヒネとアルコールに、どっぷり浸かっていたみたいで、
 死因も、モルヒネの過剰摂取による心臓発作だとか。(54才でした。)
 でも、まあ、あれだけ多くの作品を残したんだから、エライですよ。

 キャンバスは、めの粗いものが多かった。
 『何これ。ホントに画布なの。米袋じゃないの。』って感じ。

    ∽     ∽     ∽

 作品は、丁寧に描き込んだものもあれば、
 雑な仕上げのモノもあって、タヒチの女性の肌の色も
 絵によってだいぶ違いますね。

 地面の色が、ピンクだったり赤だったりするっていうのが、
 よく理解できないんだけれど。

 でもね、ゴッホが南仏の風景を描いていて、
 地面が赤っぽかったりするでしょ。
 あれって、本当の色なんですよ。 ビックリするけど。

 南仏の土の色って、あんなふうに赤っぽかったりするんですよ。
 『な〜んだ。見たままを描いていたのか。マイッタぜ。』って感じ。

 だから、『ひょっとしたら、タヒチにはピンク色の地面があるのかな。』
 って思ったりするんだけど。 (・・・んなワケないか。)

     ∽     ∽     ∽

 有名な大作も来てました。タイトルを日本語にすると、
 「我々は何処から来て、何処へ行くのか」・・となるのかな。
 さすがに、一生懸命描きました、って感じです。
 小さな習作があって、そこにマス目が引いてあったり。

 ゴーガン自身、知人に宛てた手紙のなかで、
 この絵は哲学的な絵だと書いているそうですが。
 『絵としては、それなりに価値があるけど、
  画家が考える哲学っていうのは、あんまりたいしたコトないな。』
 とか思ったりして。

 『とってもヘンだ。』と思ったのは、
 ゴーガンがタヒチの自分の住居の入口(?)に、
 木のレリーフを何枚か飾っていたんだけど、
 そこに女性の浮き彫りと一緒に、
 次のような文字が彫られていたのです。
 「享楽の家   ミステリアスでありなさい  愛しなさい 
  そして 幸福になりなさい」 
 ・・・正気の沙汰じゃないよね。

 このレリーフ、ゴーガンが死んだ後、誰かが買い取って、
 フランスに持ってきたみたいです。
 そして、ここに彫られていた、腕を上げている女性の像が、
 ピカソのキュビズムの歴史的な絵、
 「アビニョンの娘たち」に登場しているのです。(・・・知らなかった。)
 『へぇ〜、そうなんだ。 
  ピカソは、こんなところから持ってきていたんだ。』

 比べてみると、確かにポーズとか髪型とか胸の形とか
 よく似ています。
 
    ∽     ∽     ∽

 いつも思うんだけど、画集作ってる人たちは、
 何処にどんな絵があるか、っていうことを、
 ちゃんと分かって作っているのかな。

 ゴーガンみたいな、よく知られた画家でも、
 見たことのないような絵が、たくさん出てくるというのが、ヘンだ。
 やっぱり、画集に載ってる絵が代表作だと思っちゃうもんね。

 わかっているけど、予算の関係などで、あまり遠くまで行けない、
 ということでしょうか。


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 【近ごろのフランス】

 郵便局に行ったら、シャネルの5番が切手になっていました。
 しかもハート形だよ〜ん。
 『ウッソォ〜。・・・・・マジ?』とか思ったんだけど、
 係のオバサンに訊いたら、マジだと言うので、
 切手が5枚ワンセットになったシートを、一枚買いました。
 (50セントの切手なので、2ユーロ50セントです。)

 勤め先で見せびらかしたら、
 女1 「カワイイ。」
 女2 「でも、こういうモノを切手にしてもイイのかしら。」
 男1 「こんなモノ買って、どうするんですか。」
 僕  「こーゆーモノを買って、喜んでるって、
     なんかオカマみたいだよねぇ。」
 
 でも、シャネルの5番を切手にしてしまうという、
 フランス人のそーゆー感覚が好きです。

            2004年1月23日     Michio


 シャネルの切手、HP本館にUPしておきます。
 (la poste 欄の切手シート4)
 ゴーガンの木彫りのレリーフと「アヴィニョンの娘たち」は、
 「気分」の欄に、1週間ほど。

 HP本館   http://www.geocities.jp/paris1830/
 HP別館   http://members.goo.ne.jp/home/michion2
          
 フォトアルバム  http://photos.yahoo.co.jp/michion2

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                      じゃあ またね

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