| 巴里レター No.2 巴里レター.No1を、パソコンの画面で読んでくれた方、ごめんなさいね。読みにくい画面になってしまって。自分でも、びっくりしたんだけど。 慣れないもので、申し訳ない。 ルイ・ヴィトンの求人広告の話も、へえーって思ったのは、 僕だけだったかもしれないね。 ヴィトンのサイトをのぞいてみたら、日本語のページには、日本の採用情報が、 フランス語のページには、フランスの採用情報が、載っているんですね。 レター書くまえに、チェックするべきだったって、反省しています。 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ パリも本格的に春だなあって感じです。 毎年、連翹の黄色い花が、街のあちこちで咲き始めると、またひとつ冬を 生き延びたなあって、しみじみ思ったりするんです。ヨカッタ、ヨカッタってね。 桜並木も、ささやかだけど、街のところどころにあるんです。 日本の桜とは、だいぶ違うけどね。日本の桜って、樹全体が、ふわーって 感じでしょ。パリの桜って、竹ぼうきを逆さにしたような形なんです。 それでもやっぱり、花が咲くと嬉しいんですね。 グルネル橋の左岸のあたりに、ニッコーホテルが植えた桜があるんだけど、 これはさすがに、日本の桜ですね。三月のはじめに、近くを通ったら、 もう咲き始めてたんだけれど、まだちょっと早いんじゃないのって感じ。 花も小さかったし、二月が暖かかったから、まさかあんたたち、いまごろ 返り咲きやってんじゃないでしょうね、って思ったもんね。植樹されたのは、十年くらいまえかな。もっとかな。 幹もだいぶ太くなってます。 じつはそのころ、ニッコーホテルのなかの免税店で働いていたんです。 テナントで入ってた店だったんだけど、経営者がユダヤ人でさ、 安く使われてました。 でも、もうニッコーホテルないんですよ。去年、売られちゃって。 いまは、ノボテルってホテルにかわっています。 桜並木だけが残って。 ニッコーホテルが植えましたっていう小さなプレートといっしょに。 時の移りかわりを感じますね。 JALのスチュワーデスさん達は、まだこのホテルを使っているみたいです。僕がニッコーのお店で働いていた頃は、みんなきれいな年上のお姉さまって感じだったけれど。いま見ると、みんな若いんだよね。それだけ、自分が年とったってことなんだろうけれど。ねえ。 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ なんか、桜とニッコーホテルの話がちょっと長くなっちゃったけれど、今日は、ポン・デザールという橋のことを書こうと思っていたのです。この橋、僕のお気に入りの場所のひとつなんです。とくに観光名所ってわけじゃないし、ポン・ヌフとか、ポン・ミラボーみたいに有名じゃないけれど、雰囲気がいいんですね。 ポン・デザール 晴れた日にこの橋を渡るのはよいことです人が歩くための軽やかな橋です。橋のまんなかにベンチがいくつか置いてあります。 夏にはこの橋の両側に若い人たちがたくさん座り込んでいます。 まるでローマのスペイン階段のようにギターをかかえたりスケッチをしたりおしゃべりをしたりただぼんやりとセーヌをながめたりして短い夏の一日を楽しんでいるのです。あなたもきっとこの橋を渡るとき彼らと一緒にここに座っていたいと思うでしょう。すぐ近くのシテ島の上にノートルダムが鐘楼をほんの少しのぞかせています。左岸にはあなたの好きなカルチエ・ラタンが広がっています。 学生たちが愛を語ったり未来を夢みたりしているところです。プラタナスの並木が涼しげな陰をつくりブキニストという古本屋が緑の箱を並べています。細い通りを歩いてゆくと若い画家たちの絵を飾っている小さな画廊がいくつも並んでいます。あなたが夢にみたそして愛した芸術というものをこの街はやわらかく包みこんでいるのです。 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ なんだかちょっと、きれいごとを書いてしまいました。この橋、ルーヴルと学士院の間にかかっているから、芸術橋という名前がついたんだろうと思うけど、ときどき、テレビとか新聞とか雑誌に登場するのです。橋自体のことが話題となるよりも、歌手とか俳優とか政治家とか、そういう有名人が、インタビューを受ける場所、あるいは写真撮影をする場所として、よく選ばれるんですね。そういうのを見ると、あっ、またやってるな、この人もこの橋好きなんだな、とか思っちゃうんですね。まあ、ただ単に、撮影スタッフの好みだった、ということもあるのでしょうが。 数年前に、いま大統領やってるシラクさんが、京都にもつくったらどうですか、って言って、京都府の知事が、いいですね、つくりましょう、って答えて、そのあとで、つくるつくらないの論争になった橋です。結局、京都の景観にはふさわしくないということになって、つくられなかったのですが。まあ、鉄骨の橋ですから、それはしょうがないと思うのですが。そのとき、あっ、シラクさんも、ちゃんとこの橋の魅力、わかっているんだなって思いましたね。 なにげない魅力というか、さりげない魅力なんですけどね。 京都には、鉄骨じゃなくて、たとえば木でつくればよかったんじゃないかな、って思います。ただ、車が通らない橋で、まんなかにベンチが置いてある、というのがミソですね。そして、人が、その橋の上で、ぼんやりと時間を過ごすことができるような、景色のいい場所が必要ですね。 2002年3月20日 Michio 追伸 小さな画廊が並んでいるのは、日本でいう芸大、ボザールの近くで、ボナパルト、ボザール、セーヌといった名前がついている通りです。若手の作品を扱う画廊だけではなく、個性的な画廊がたくさん並んでいます。むかしより、だいぶ増えてるような気がします。いまどき、こんなにたくさん並んでいて、商売になるのだろうかと、心配になるくらいです。きっと、生存競争もきびしいのだろうと思うのですが、これだけ並んでいるというだけで、えらいなあとか、さすがパリだなあとか、へんに感心してしまいます。 この巴里レター、購読の登録と解除は、めろんぱんでどうぞ。 また、一筆書いて送りたいという方は、つぎのアドレスへ michion2@mail.goo.ne.jp じゃあ、またね
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