| 巴里レター No.23 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 巴里レター No.23 ☆ □ □ □ □ □ □ □ □ □ □ § デュマ、パンテオンに入る 11月30日(土)、アレクサンドル・デュマの遺骨が、 パンテオンに移されました。 パンテオンは、ソルボンヌの近くにある、 ドームの美しい18世紀の寺院です。 国家的偉人の殿堂みたいなところです。 以前、キュリー夫妻も入りましたね。 他には、ヴォルテール、ジャン・ジャック・ルソー、ヴィクトル・ユゴー、 エミール・ゾラ、アンドレ・マルロー、(この辺は知ってる) ガンベッタ、ジャン・ムラン、ジャン・ペラン、ラグランジュ、コンドルセ など。(この辺はよく知らない) 全部で70人くらいだって。 新聞によると、デュマの棺は18時30分に リュクサンブール公園を出発して、パンテオンに入り、 19時からシラク大統領のお話があるとのこと。 ちょうどその時間帯が、仕事と仕事の合間で、 ポッカリ空いていたので、『行ってみるか。』と思って、 出かけて行ったのでした。 パリで大きなイベントがあると、 いつも、見えるのは人のアタマばっかりで、 その間からチラリチラリと、何かが見えるといった感じです。 今回もやっぱり似たようなものでした。 付近一帯は、車を侵入禁止にして、 歩行者天国みたいになっていました。 リュクサンブール公園からパンテオンに続く大通りは、 (Rue Soufflot そんなに距離は無いんだけど) 車道は鉄の柵で囲ってあって、入れません。 歩道は見物の人たちが鈴なり状態です。 新聞には、「デュマの本を各自一冊ずつ持ってくるように。」 と書いてありました。 『デュマねえ。いまのところ、読む予定ないもんなあ。』 そのとき、僕のカバンのなかには、 日本人会で借りてきた文庫本が一冊入っていたので、 それをデュマの日本語訳とか偽って、 持っていようかなとか思ったのだけれど、 行ってみたら、本を手にしてる人なんか、誰もいないんだよね。 (パンテオンの方には、そーゆー人いたかもしれないけど、 僕は行かなかったというか、たどり着けなかったので、 よくわかりません。) ちょうどお腹が空いていたので、 大通りに面したハンバーガー屋さんの二階で、 フィッシュ・バーガーを食べて、コーラを片手に、棺を見送りました。 (そういう人、けっこういました) デュマに対して、ちょっと失礼かなと思ったけれど、 デュマだから、まあいいか、と思ったのでした。 棺が来るまえに、大きなトレーラーが来て、 その後ろに、参列者の人たちが数十人いました。 (新聞には100人て書いてあったから、100人かもしれない) たいまつを持っている人もけっこういましたね。 でも、その人たちの着ているものが、昔風というか、なんというか、 普通じゃないんだよね。 トレーラーの上で、劇のワン・シーンのようなものが演じられ、 それが終ると、その後ろにいた人たちがワァーっと騒いでいました。 参列者だと思っていた人たちは、じつは役者さん達だったのです。 そのあと、黒い馬に乗った四人の騎士に護られて、 フランス・ブルー(国旗の青)のビロードで覆われた棺が 進んできました。担いでいるのは四人です。 きっと、もう軽かったんでしょうね。 (あとで新聞をよく読んだら、このときの四人というのは、 三銃士とその父親のつもりだったみたいです。 ダルタニァンとかアラミスとか・・・) パンテオンに入るときには交代して、六人で担いだみたいですが。 騎士の人たち、カッコよかったです。 やっぱりフランス・ブルーの衣装、胸と背なかに十字の刺繍、 同じ色のつば広の帽子、そこに大きな白い羽飾り、 白い襟も大きく肩を被っていました。 大通りを少し進んで、またトレーラーの上で、劇のワン・シーンが 繰り返され、その後へ棺が進んで行くといった感じでした。 パンテオンは、上から青、白、赤と三色旗の色に ライトアップされていました。(白は、ちょっとピンクっぽかったけど) シラク大統領の話は、いいやと思って帰って来たのでした。 というか、また仕事に行ったのでした。 ∽ ∽ ∽ デュマ・フィス(デュマの息子)も、 いつかパンテオンに入れるでしょうか。 「椿姫」は、よかったけどなあ。僕は、あれを読んで、 3回くらい泣いてしまいました。(5回くらいだったかな。) □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ◇ ルルド Lourdes 〔9〕 ◇ ルルドのホテルに戻ったのは、午後8時半頃でした。 フロントに忘れていったバックパックを返してもらうとき、 ホテルのニイちゃんが、 「とても使いやすいバックですね。」って言うから、 「ええ、そーなんですよ。」って答えながら、見たら、 バックパック開けてあるんだよね。 ロクなもの入っていなかったんだけど、 バクダンでも入っていると思われたかな。 やっぱりヘンだって思ったんでしょうね。 『でも、開けたらちゃんと閉めといてよね。』と、 声に出さずにブツブツ言いながら、 床がギシギシいう部屋に上がったのでした。 荷物を置いたら、また、すぐに出かけたんだけど。 例によって、マリア様の洞窟とか、 おみやげ屋さんが並んでる通りとか、ウロウロしたり、ボケーとしたり、 ルルドの水ってやっぱりオイシイなあって、感心したり。 レストランで、若い人たちのグループが歌っていました。 修学旅行かな。こっちにも、そんなのあるのかな。 この日も、やっぱり午前0時頃まで外にいました。 ∽ ∽ ∽ この夜というか、明け方なんだけど、 また、すごい夢をみてしまいました。 前回のサダムちゃんなんか、軽く吹っとぶくらいの衝撃的な夢でした。 な、なんと、マリア様が夢に出てきたんだよね。 参ったね、これには。 夢だという自覚が、ぜんぜん無かったから、 すっごいビックリしてしまいました。 マンガ風に描くと、目が点になって、口がポカンと開いた状態でした。 どんなマリア様だったかというと、(なんか、これを書いていても、 ちょっと手が震えそうな気がするんだけど。) 全体的に、白く半透明で、腕を軽く八の字に開いた姿勢で、 そのまま、右上の空間から左下の方へ、 すーーと移動されたのでした。 あとで考えたら、ちょうどマリア様が現れたという洞窟から、 泉の方に、すーーと降りたという感じかな。 僕は、一瞬、アタマのなかが真っ白になって、 『ひぇーー。』ですね。(ちょっと、おおげさか) そのあと、すぐ目が覚めたんだけど、 まず考えたことは、昨夜、おみやげ屋さんで、 マリア様グッズをたくさん見たから、それが記憶に残っていて、 こーゆー夢をみたんだろうな、ってことでした。 (うん、意外と冷静な判断だ) 理屈では、そう思ったんだけれど、 でも、もう、しっかり聖母信仰に入ってましたね。 それまでは、 聖母信仰が盛んな国があるっていうのは知っていたけれど、 (たぶん、スペインとか、ポルトガルとか、中南米とか) 『マリア様って、キリストを生んだ女の人でしょう。』くらいにしか 思ってなかったんですよ。 それが、ルルドのようなところで、いきなり夢に出てこられると、 『もう、参りました。』って感じです。 電気を点けて、時計を見たら、ちょうど6時でした。 ∽ ∽ ∽ それから2時間くらいは眠れなかったですね。 いろんなコト考えたりして。 (まあ、そのあと昼まで寝たというのが、僕らしいところなんだけど) やっぱり巴里レターに書くべきだろうな、とか。 でも、書いたら、ゼッタイ誤解されるだろうな、とか。 ハマッテルとか、(これは言えてるかもしれない) アブナイとか、オカシイとか、ヤバイとか、思われちゃうだろうな。 やっぱり書かないほうがいいかな。 なんとかホームページを作って、そっちに書こうかな、とか。 巴里レターを非公開にして書こうかな、とか。 でも、これで金儲けをしようとか、そういうクダラナイことは、 あまり考えなかったですね。 少しは考えたけど。ルルドに住んで、日本人を相手に ガイドでもやろうかな、とか。 でも、現実的に考えて、それじゃ食っていけないよな、 それに、住むんだったら、やっぱりパリのほうがいいよな、とか。 そんなふうに、ナンダカンダといろんなことを考えたのでした。 ∽ ∽ ∽ 後日、パリに帰って来てから、ちょっと親しい人に、 ルルドで、マリア様が夢に出て来たって話をしたら、 「あははは、・・・ スゴイじゃない。」って言うから、僕も、 「そう、スゴイでしょ。」って答えたんだけど。 これ読んだ人も、あまり深く考えないで、 そんな感じで反応してくれるといいな、って思っています。 他の人にも、「誰にも言わないでね。」って、 もったいぶった感じで話をしたら、 「夢なんかじゃだめですよぉ。」って、アッサリ言われてしまいました。 そういう言い方をされると、ちょっとガッカリ。 でも、その人自身も、すでに3回もルルドに行っているという、 ちょっとハマッた人なのでした。 (つづく) □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ ∞ □ 【近ごろのパリ】 毎年のことですが、花屋さんなどで、クリスマスツリーのための モミの木が売りに出されています。 持ち帰りやすいように、白いネットで包まれています。 ウチの近所のスーパーでも売っていました。 100cmのもので約2000円、 150cmのもので約3000円です。 (買ったことないけど) 僕は、昔、クリスマスツリーって、大きな木の上の方だけ切って、 持って来るのかなって思っていたのだけれど、違うんですね。 クリスマスツリーの畑(?)みたいなのがあって、 高さが1mくらいでも、ちゃんとクリスマスツリーの形を しているんですね。 不思議ですねえ。 品種改良したのかな。 それとも、モミの木って、もともとそういう木なのでしょうか。 どなたか、ご存じですか? 2002年12月10日 Michio 追伸 デュマには、黒人の奴隷の血が混じっていたというようなことが、 新聞に書いてありましたね。 (僕も知らなかったけど) フランスは、けっして自由・平等の国ではありません。 (いいのかね、ホントのこと言っちゃって。) 日本の社会に、封建的なものが残っているように、 フランスの社会には、まだ階級的なものが残っているのです。 ちなみに、「自由、平等、博愛」のうち、 フランス人が一番好きな言葉は、「自由」だそうです。 巴里レター 配信の手続きは次のところでどうぞ めろんぱん http://www.melonpan.net/mag.php?002474 メルマガ天国 http://melten.com/m/9592.html PUBZINE http://www.pubzine.com/detail.asp?id=18529 解除は、登録されたところでお願いします。 一筆書いて送りたいという方は、次のアドレスへ michion2@mail.goo.ne.jp じゃあ またね
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